やあ。何をやるにしても、「平成最後」って枕詞がつく今日この頃、みなさんいかがお過ごしですか?
これがきっと、平成最後のブログの更新になるだろうね。
前にこのブログで書いたけど、「終わり」ってのは悲しくなるもんだよなぁ。でも、終わりのないパーティーはきっとつまらないんだろうし、あれだけ楽しいと思えるセックスですら、いつまでも終わらないで腰を振り続けてるのは惨めで、申し訳なくて、な〜んて、そんな話はどうでも良いんだけど。
平成7年に生まれた僕は、今日(2019.4/26)の時点では、平成時代しか知らない。
うまく言葉で伝えるのは難しいんだけど、「平成最後」ってのは、なんだか、人生最後って感じがして。
もちろん平成の後には令和が来るし、いつか令和だって終われば、「T.S.H.R」以外から始まる新しい元号が出来て(日本の国体が大きく変わらない限り、の話だけど)、来週の今頃はきっと「令和最初のラーメン!」だのなんだの言ってるだろうよ。
でも、平成が終わると考えたとき、今まで自分が平成においてやってきたことは、今までの人生で、って読み替えられるわけだからね。平成しか生きてないから。
なんでそんなことを急に思ったかっていうと、僕は今昨日小竹向原駅に置きっ放しにした自転車を取るために普段と違う有楽町線の終電に乗っていて。
仕事が終わるのが遅いのは今に始まった話ではなく、池袋線や大江戸線の終電に乗ることは多いし、例えば渋谷で友達と飲んだりしたら、ほぼ間違いなく副都心線の終電に乗ることになるんだけど。
でも、スーツで、疲れた顔して、有楽町線の終電に乗るのは、僕が今まで生きてきた中で(つまり、僕の中の平成で)最もサラリーマン的だなと思って。
そう考えると、平成の大部分を「学生」「遊び人」として駆け抜けてきた中で、例えば最も「高校生的な」地下鉄の使い方はなんだろう。「大学生的な」地下鉄の使い方はなんだろう、って考えたわけね。つまりは備忘録。有楽町駅から小竹向原駅の間の27分で、真剣に考えてまようと思ったわけ。一つ一つ思い出していこう。
高校生の時に乗ってたのは、なんと言っても福岡市営地下鉄だな。空港線だ。
そもそも通学で地下鉄を使ってたし、あの頃は全てが高校生的であったと言えるなぁ。
そうそう、僕の友達は、もちろん僕も含めてだけど、誰1人金を持っていなかったな。僕は定期が福岡市内の中心駅から地下鉄の端っこまで使えたから大丈夫だったけど、友達は金がないから、使い終わった人が駅に置いていく地下鉄一日券なんかを必死で探していたっけ。みっともないよなぁ。でも、なんだか宝探しをしているような気すらしたし、終電まで探しても見つからなくて、天神から藤崎までみんなで明治通りを歩いたりしたっけ。
うん、極めて高校生的だな。他にも好きな子と普段絶対使わない駅にわざわざ行ってベンチに座ってただお話してたことなんてのもあったな。
なんだよ、結局高校生なら何やっても高校生的なんじゃないか。
じゃあ大学生だった頃はどうだろう。
そりゃもちろんさ、高校生だったころも大学生だった頃も同じくらい地下鉄には乗ってたけど……
一番印象に残ってるのは、これも今乗ってるのと同じ有楽町線だなぁ。
東武練馬に住んでる女の子の部屋に転がり込んでた時、何日もいたもんだからさすがにそろそろ帰らなきゃなぁ、つって、当時は今ほど土地勘もなかったから、まあ同じ練馬区なんだし全然歩けるだろうと思って歩いたんだ。
実は東武練馬は、(西武)練馬駅と6キロばかし離れてるんだよね。今はもう、6キロくらい余裕で歩けるけれど、上京してほぼ一年が経とうとする冬に、さっきまで女の子が隣にいたのに一人でてくてく歩くって状況に嫌気がさしたんだな。
なんてったって東武練馬から練馬方面に歩くのは景色が悪い。
ずーーーっと、陸上自衛隊の駐屯地の横を歩くんだ。冬の夜に一人でね。
それで心が折れて、やっと見えた明かりの有楽町線の平和台駅から地下鉄に乗ったんだ。終電のほんのちょっと前だった。あんなことがなかったら、平和台駅なんて一生使わなかっただろう。
地下鉄に乗ると、なんのことはない、5分で家の最寄り駅まで着く。物思いに耽る暇もない。だから別に、その時何を考えたとか、そんなことは一切覚えてないけど、でもなんとなくその日の地下鉄のことは覚えてる。
その子の家に行くことは結局それが最後になった。だから何、ってわけではないけれど、なんとな〜く印象に残ってる地下鉄だったなぁ。
高校の友達もだし、昔なぜか一緒にいた女の子もそうだけど、平成ってめっちゃいい時代だったじゃんね、こう考えると。めちゃくちゃ楽しかったもん。
令和も、大好きな友達や大切な女の子や、夜の地下鉄や、そういうかけがえのない時間をたくさん過ごしていきたいもんだなぁ。
じゃあ、また令和でお会いしましょう!良い元号を!
Remembers High
思い出す
2019年4月26日金曜日
2019年1月8日火曜日
Sauve qui puet.
あけましておめでとう。
みんな元気でやってる?
僕はまずまず。ほとんど一年に一度しか更新しないブログを更新するくらいには元気。
でもそれって裏返しで、「便りがないのはよい便り」なんて言葉があるけど、一年に一度しか更新しないブログを動かしてるっていうのは、こうやって自分が考えてることを文章にしないと、 目の前が霞んで動けなくなっちゃうくらいには元気がないのかもしれないね。
Remembers highってのがこのブログのタイトルで、ランナーズハイやクライマーズハイなんて言葉があるけど、生きてるといろんなことがあって、早く忘れたくて仕方ない朝もあれば、一生覚えておきたいと思う夜もあって、そんなものをずーっと覚えておけたらな、と思ってはじめたのがこのブログ。
最近昔の友達から、突然このブログのとある記事が送られてきて、「俺はこの日のお前の言葉がめちゃくちゃ好きだ」って言われたんだよね。
そうして、その記事を読み返してみる。嬉しいんだよね、そうやって、この言葉が良かった、なんて言ってもらえるのは。
でも、それは同時に悲しいことでもあって。一生覚えておきたい、と思ったことも、今となっては言われなきゃ思い出せないブログの1記事でしかなくて。ただただ「懐かしい」で終わっちゃうんだよね。
過去を懐かしむのはさ、そこに失われた記憶があるからで。愛した記憶も、愛された記憶も、全部ひっくるめて、過去になっちゃったんだなぁって。そうやって、過去のことばっかり考えてる自分に嫌気が指すんだ。
でもね、そんな過去があってこそ、見えてくるものって実はめちゃくちゃ多くて。過去がないと、未来って絶対ないもんね。だってそうだろ、人間は今まで食べてきたものでしか生きてないんだから。
笑える話もたくさんあるし、聞いた人全員顔をしかめるような話もたくさんある。全部ひっくるめて、それが俺が食べてきたものなんだよね。
「正解がわからない」って、人の愚痴を聞いてるとよく聞くんだけど、正解なんてこの世に一つとしてないんだと思うな。
ただ、じゃあそうなると世界に救いは一つとしてないのか、と言われるとそうでもなくて。
月並みなことを言うようだけれど、人生って一度きりだからね。
自分が今まで取ってきた選択肢は、きっと一つとして正解なんてなかったし、きっと全部正解なんだと思うな。たとえそれがどんな形であれ。
明らかに誰の目からしても間違いなことだって、数多くあると思う。
それでも、その選択肢を取った結果、今の自分がいる。食べたものでしか生きてない。いいものを少しだけ食べることは幸せだ。でも、物足りないかもしれない。悪いものをたらふく食うことだって幸せだ。でも、食事の後はひどい下痢に悩まされることになる。
人生に正解も間違いもなにもなくて、振り向くとただ自分が取ってきた選択肢がたくさん並んでるって話で。だから、正解とか間違いとかじゃないんだと思う。
強いて言えば、自分で選んだ選択肢を、一生かけて肯定することこそ、正解なんじゃないかな。
“Sauve qui puet”
昔の昔のそのまた昔、例えば船が沈みゆく時、船長はその船と運命を共にしなければいけない、というとんでもない法律があったらしい。
そうして、沈みゆく船の甲板から、船長がこの言葉を救命ボートの乗組員に向かって言うわけだ。「生き延びることが出来るものは、全力で生き延びよ」って。
2019年(平成31年)を迎えるにあたって、色々と辛いこともあると思うし、そのぶん今年だって、楽しいことはきっとたくさんあると思う。
俺は生き延びるよ、今年も。
きっと色んなことがあるだろうけどさ、みんなで今年も全力で生き延びような。
一生かけても見つけられないかもしれない正解に、少しでも近づける一年になるといいね。
それじゃ皆様、今年もひとつよろしくお願いいたします。
2018年4月1日日曜日
いこうぜ
僕は20歳だった。それが人生で最も美しい時だなんて誰にも言わせない。
何もかもが若者を破壊しようとしている。恋、思想、家族を失うこと、大人たちの中に入ること。この世界の中で自分の場所を知るのはキツいものだ。
むかーしむかし、フランスのポール・ニザンという小説家は、『アデン・アラビア』という小説の中でこう語った。
それからたくさんの時間が流れて僕が生まれ、またそこから二十年の時間が流れて僕はハタチになり、そこからまた二年と少しが経って、僕は今こうやって文章を書いている。
明日から社会人になるらしい。それがこの文章を書き始めた理由だ。早い話が泣き言で、もっと言えばエピローグ、もっと言えば遺書だ。
永遠に続いてほしい時間がたくさんあった。もちろん、早く終わってほしい時間もたくさんあった。そうしてそれらの時間について、色々と思い出してみると、永遠に続いてほしい時間というものは、いつの間にか僕の中で永遠になっていた。
記憶というものは良くも悪くも曖昧で、色んな人に踏みつけられ、傷つけられた。しかし中には丁寧に扱って、磨いてくれる人もいて、どれだけ尖っていた記憶でも、最後には丸く光り輝くものが残った。
輪郭がぼやけ、忘れるべきは忘れ、そうして最後に残ったのは、僕の永遠に続く学生時代の記憶だ。
福岡の夜を越えて、池袋で朝を迎え、柳川で、練馬で日々を過ごし、気が向いたら海を見に行って、横に女の子がいたときもあったし、男がいたときもあって、最後の最後までひとりぼっちだった日もあった。
永遠であれ、と思った。早く終わってくれ、と願った。そうして僕の永遠に続く学生時代は今日終わる。
「いつか後悔するぞ」と、何回言われたかわからない。
かかってこい。何回でも失敗してやる。
失敗は何度もする。学生生活を通して、何億回失敗したかわからない。それはこれからの人生にしたってそうだ。
迷惑をかけた。申し訳ない、で片付けられないこともたくさんあった。
反省していることは山ほど。
でも、後悔はしない。前に進む。
「失敗する」選択肢はあっても、「間違っている」選択肢なんて一つもない。
だから、反省はする。後悔はしない。
未来が僕を否定しても、俺は絶対に過去を否定しない。
そうありたいと思う。
いっつも言ってるけど、僕は「最後」というものに本当に弱くて、何にでも「最後」って言葉をつけただけで泣きそうになる。
だからこそ人一倍「最後」は大切にしたい。音もなく終わるものが苦手だ。それでも、人から「これが最後だからねえ」と言われるのは嫌だ。やっぱり泣きそうになってしまうからだ。
そうして、これは本当の本当に、僕が「学生」として書く最後の文章になる。
いろんなことを思い出して、いろんなことを忘れた。
こんなにたくさん、覚えておくべきこと、忘れたいことが多い学生生活を送れて、僕は本当に幸せだった。
これから、恋や思想や家族や、色々なものを失うかもしれない。
大人たちの中に入って、自分の場所を知って、悲しい気持ちになるのかもしれない。
それでも、僕は永遠に続く学生時代を生きていきたい。
だからこそ、二十歳を人生で最も美しい年だなんて言わせない。
これからも、永遠に続く人生で最も美しい時を過ごし続けるだろう。
俺もあんたらも、お互い幸せに生きていこうや。
そんじゃ、またねっ!絶対また会えるよっ!
2018年4月1日 池袋明治通りのスターバックスにて
何もかもが若者を破壊しようとしている。恋、思想、家族を失うこと、大人たちの中に入ること。この世界の中で自分の場所を知るのはキツいものだ。
むかーしむかし、フランスのポール・ニザンという小説家は、『アデン・アラビア』という小説の中でこう語った。
それからたくさんの時間が流れて僕が生まれ、またそこから二十年の時間が流れて僕はハタチになり、そこからまた二年と少しが経って、僕は今こうやって文章を書いている。
明日から社会人になるらしい。それがこの文章を書き始めた理由だ。早い話が泣き言で、もっと言えばエピローグ、もっと言えば遺書だ。
永遠に続いてほしい時間がたくさんあった。もちろん、早く終わってほしい時間もたくさんあった。そうしてそれらの時間について、色々と思い出してみると、永遠に続いてほしい時間というものは、いつの間にか僕の中で永遠になっていた。
記憶というものは良くも悪くも曖昧で、色んな人に踏みつけられ、傷つけられた。しかし中には丁寧に扱って、磨いてくれる人もいて、どれだけ尖っていた記憶でも、最後には丸く光り輝くものが残った。
輪郭がぼやけ、忘れるべきは忘れ、そうして最後に残ったのは、僕の永遠に続く学生時代の記憶だ。
福岡の夜を越えて、池袋で朝を迎え、柳川で、練馬で日々を過ごし、気が向いたら海を見に行って、横に女の子がいたときもあったし、男がいたときもあって、最後の最後までひとりぼっちだった日もあった。
永遠であれ、と思った。早く終わってくれ、と願った。そうして僕の永遠に続く学生時代は今日終わる。
「いつか後悔するぞ」と、何回言われたかわからない。
かかってこい。何回でも失敗してやる。
失敗は何度もする。学生生活を通して、何億回失敗したかわからない。それはこれからの人生にしたってそうだ。
迷惑をかけた。申し訳ない、で片付けられないこともたくさんあった。
反省していることは山ほど。
でも、後悔はしない。前に進む。
「失敗する」選択肢はあっても、「間違っている」選択肢なんて一つもない。
だから、反省はする。後悔はしない。
未来が僕を否定しても、俺は絶対に過去を否定しない。
そうありたいと思う。
いっつも言ってるけど、僕は「最後」というものに本当に弱くて、何にでも「最後」って言葉をつけただけで泣きそうになる。
だからこそ人一倍「最後」は大切にしたい。音もなく終わるものが苦手だ。それでも、人から「これが最後だからねえ」と言われるのは嫌だ。やっぱり泣きそうになってしまうからだ。
そうして、これは本当の本当に、僕が「学生」として書く最後の文章になる。
いろんなことを思い出して、いろんなことを忘れた。
こんなにたくさん、覚えておくべきこと、忘れたいことが多い学生生活を送れて、僕は本当に幸せだった。
これから、恋や思想や家族や、色々なものを失うかもしれない。
大人たちの中に入って、自分の場所を知って、悲しい気持ちになるのかもしれない。
それでも、僕は永遠に続く学生時代を生きていきたい。
だからこそ、二十歳を人生で最も美しい年だなんて言わせない。
これからも、永遠に続く人生で最も美しい時を過ごし続けるだろう。
俺もあんたらも、お互い幸せに生きていこうや。
そんじゃ、またねっ!絶対また会えるよっ!
2018年4月1日 池袋明治通りのスターバックスにて
2018年1月18日木曜日
卒業制作のこと
卒業制作が終わった。
やりたくないやりたくない、と言ってたわりには、終わってみるとなんとなく暇な日々が続いて、キーボードに向かってない時間が本当に暇で仕方なくて、タッチタイピングの練習なんてしてみる日々です。
文章はもうしばらく書かなくていいや、と思ったんだけど、気付いたらこうやってブログを書き始めたってわけだ。
本当はもっとたくさんブログを書きたいんだけど、どうも面倒で、「書こう」と思って何個か下書きには入れてるけど、そのほとんどが5行くらい書いてやめてるんだよね。きっと書いてる途中で眠くなったんだろう。
やってるとやってるで面倒だと思うけど、やめたらやめたで暇で結局向き合っちゃうって、なんだか恋愛に似ている気がするね。俺、文章書くことに恋してるのかな、なんて思っちゃうね。思わないけど。
別にこの文章だって何かを伝えるために書いてるわけじゃない。ただ暇だから、気の向くままにiPhoneのフリック入力をしてるだけだ。
でも、卒業制作みたいに「何万字書くぞっ!」て言って目標を決めてやってるわけではないから、気持ちはとても楽だね。
書きたいところまで書けばいい。書きたくなくなったらやめればいいし、みんなも読みたくなくなったら読むのをやめればいいよ。伝えたいことも何もない。タメになる文章を読みたいんだったら、知らない街のビジネスホテルにでも泊まって、朝まで引き出しの中の聖書を読んでたほうがよっぽどいい。
しかし、卒業制作が終わった今、僕は本当に気分がいい。こんな朝っぱらから僕のブログを読んでる人がいるなら、それはきっと僕のことが好きなんだろうから、ぜひ騙されたと思って読んでほしい。僕の文章を好きと言ってくれる人や、僕のことが好きな人は、絶対に好きだと思う。そうなるように書いた。四年間の集大成だ。醜態、の間違いかもしれないけれど、少なくとも僕は好きだ。今日本大学に存在する書籍の中で、僕にとって「エモい」冊子だと言っても過言ではないかもしれない。
タイトルは、「オブラディ・オブラダ」。ビートルズの有名な曲のタイトルだ。オブラディオブラダ、という言葉の意味は誰も知らないらしいけど、「人生は流れる」って歌だ。人生は流れる、過去は等しく美しいんだ。
卒業制作の中に入れたかったけど、入れられなかった言葉をここで紹介したい。
「過去を懐かしむのは、そこに失われた情熱があるから。愛した記憶と、愛された記憶」
僕が昔の恋人と別れた時に、Twitterの鍵垢にメモした言葉だ。多分なんかの偉人か漫画のセリフかなんかだと思う。
今、大宮のおふろカフェのロフトの仮眠室みたいな場所にいる。下ではスタッフの方が朝ごはんの支度をしてるし、仮眠室の横のマットの上では、まどろんでいるカップルが半分寝たままいちゃいちゃして、少しエッチな声を上げている。
かたや僕は、こうしてクソの役にも立たないブログを書いている。
でも、いつかは全部過去になる。何百年か経ったら、このブログはおろか、僕のことを覚えている人すら世界に一人もいなくなるだろう。
だから、僕は大概のことは許せる気がする。寒い夜も暗い日々も、明日になったら全部過去だ。だったら、全部忘れて元気に生きていこうや。
これからお出かけの方も、これからお休みの方も、これから過去になる、全てのものに乾杯!
最後になるけれど、卒業制作にあたってのアンケートに回答してくれたみなさん、本当にありがとうございました。
2016年12月31日土曜日
2016年が永遠に続けば
2016年最後の投稿になるだろう。
ハロウィンが終わると、クリスマスがすぐにやってくる。クリスマスが終わると、イルミネーションが片付く暇もないまま、すぐに新しい年がやってくる。
そして、もうその年は、地球上から永遠に失われてしまう。本当に永遠に。
二度とやってくることはない。
年の瀬を迎えて、年始の準備をして、風呂に浸かり、いつもより念入りに身体を洗ったりして、紅白を見る。そのとき、ぼくたちは「終わり」についてことさら意識させられるわけだけど、
そうやって「もう終わるよ!」とお知らせしてもらえるんだからよっぽど親切だ。
人生最後の走り高跳びのことについて覚えてる人はどれだけいるだろう。
たいてい高校の頃のことだと思うけど、「じゃあ来週からはハードル走ね」なんて言われて、あ、そうなのね、なんて思う。そうして高校を出て気付くのだけど、高校を出ると驚くほど人間は走り高跳びから遠ざかってしまう。極端なことを言えば、走り高跳びのことなんて忘れてしまう人だっている(僕はもう走り高跳びのやり方を半分くらい忘れているかもしれない)。
不親切だ。「これはきっと、君たちにとって人生で最後の走り高跳びになるだろう」なんて先生から言われていれば、背面跳びまでは出来なくてもベリーロールくらいには挑戦していただろう。でも実際は違う。走り高跳びは、思った以上に静かに終わってしまう。
言ってしまえばそんなもんなのかもしれないが。
あまり大きなことは言いたくないけど、人生ってそんなもんなのかもしれない。2016年ほど、ゆっくりと時間をかけて大々的に終わってしまうものでもなさそうだ。明日死ぬかもしれない。そんなこと誰にもわからない。だから2017年は、「これが人生最後の喫煙だ」「これが人生最後の飲酒だ」と思ってやることにする。そうすればゆっくりと時間をかけて味わえるだろうから経済的だ。
さて、それでは正真正銘の2016年最後のお酒を飲むことにする。今年もどうもお世話様でした。
2016年11月29日火曜日
愛じゃなくても
愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない、とはよく言ったものだと思う。愛してる人は離さないし、恋してる人は離したくない。そしたら、愛じゃなくても恋じゃなくても離さない人って、どんな関係なんだろう。
一緒に生きていける人なんて正直な話いくらでもいると思う。好きなものは何か、どこに住んでいるのか、今までで一番楽しかったことは?悲しかったことは?好きなアーティストは?昨日何食べた?俺のことが好き?色々な疑問を解消していって、ある程度疑問が無くなった時にその人と生きる「覚悟」が出来るんだと思う。こいつとなら生きていける、そうとでも思わない限り、無駄にも思えるくらい多くの質問なんてしないだろうから。
とんでもないことを書くが、俺はみんな大好きだ。無論女の子に関しては性的に好きだという側面もある。男にはない。それでも、俺は、君たちが、好きだ。胸を張って言える。少なくとも、この駄文を読んでくれる君たちのことを俺は嫌いになれない。もちろん、この文章を読んでる人となら共に生きていけるかと言われると、全員が全員そうとは限らない。俺はわりと多くのタバコを吸う。上から目線の言い方にはなるが、それを我慢してくれない人とは、どれだけ好きでも一緒に生きられない。俺がタバコを我慢しない以上、俺には一緒に生きていく資格すらないのだと思う。ただ、誤解しないでほしいのは、俺がその人よりもタバコのほうが好きだとか、その人よりもタバコを選んだだとか、そういうことではないのだ。だってそうだろ、人間はタバコと結婚できないし、彼女に火をつけて吸うわけにはいかないんだから。
話を戻す。生きていく上で大切なのは「すり合わせ」だと思う。お互いのことを知り、考え、そうやって一緒に日々を浪費していく。はっきり言って最高だ。ただ、なかなかその段階まで進む人というのは珍しい。これはいつも言っていることだが、俺たちがどういう輪廻転生を経てこの世に生を受けたのか知らないが、ニンゲンとして生まれた以上、学生としての本分が勉学なら、動物としての本分は子孫を残すことであり、それは即ちセックスのことである。極端な話をするが、男と女がいればそれだけで話は終わる。
しかし、共に生きていくとなると話は別だ。付き合う、ともいうが、男と女がいるからって話は終わらない。かと思えば、男と男、女と女で話が終わることだってある。
「モグラのカップル」についての話を聞いたことあるだろうか。それじゃあ「チベットスナギツネのカップル」については?きっとないだろう。僕もない。それじゃあ「マレーバクの交尾」は?僕は目の前で見たことがある。何が言いたいかというと、共同生活としてカップルを組むのは人間に残された最後の意地なのだ。セックスは動物でもできる。結婚となると話は別だ。共に生きていくというのはそういうことだ。
話ははじめに戻る。「愛じゃなくても恋じゃなくても君を離しはしない」というのは、やっぱり奇妙な話だ。一つだけ言えるのは、それは愛より恋よりも綺麗かつ深い話だ、ということだ。
一緒に生きていくのは簡単だ。でもそれは、愛だし恋だ。
逆を考えてほしい。「一緒に死ねる」人ってどれだけいるだろう。愛して恋してる人は、いつまでも一緒にいたい。生きていてほしい。せめて自分が先に死にたい。一緒に死ぬのは、愛でも恋でもない。愛や恋なら、決して死んでほしくないからだ。それでも、この関係は何よりも深くて、何よりも潔いと思う。そんな人、80年の人生のうちに見つかったら幸運だ。
愛でもないが、恋でもない。それでも、その人を決して離さずに二人で朽ち果てていく。そんな人、これからの人生で見つかるのだろうか。
朝まで二人で過ごして、帰り道に自転車の後ろに女の子を乗せる。何かを感じて、Yes I can!と叫ぶ。そうして後ろからダンプに突っ込まれる。それでも、そのまま死んでもなんの後悔もしない。そんな想いがこれからの人生で何度できるだろう。一度も出来なくてもおかしくはない。だからこそ、俺はそれを探したい。もし俺がそのまま死んだなら、俺と一緒に生きてきてくれた人たちは、俺のことを好きじゃなくてもいいから忘れないでほしい。
余談だが、今の状況としては俺の横では男が高いびきを書いて寝ている。ここまでこの文章を書いてだいぶ遺書チックにすらなってしまったが、俺は一緒に死ぬのがこのムサい男になるのは嫌だ。もしそうなったら絶対に成仏しない。一生かけて(幽霊の一生がどれくらいなのか僕は知らない)お前らを呪ってやるからな。合掌。
2016年10月6日木曜日
明けない夜をよこせ
21歳になった。この街に住み始めてから3年経ち、お酒を飲むようになってから1年経つ。
1年間、この街で文字どおり泥のように酔ったり(もちろん吐く日もある)、ほろ酔いになったりした。芸術学部に通ってこそいるが、自信を持って「これは俺が作った作品だ」と言えるのは、山のような吸殻と綺麗に便器に収まったゲロくらいのものだ。
そうやって朝まで働いたり酩酊したりということをこの街で繰り返した。
今住んでいるところは面白い街で、池袋から3駅7分、新宿とか渋谷まで地下鉄で20分で行けちゃうものだから、もちろん住宅が立ち並ぶ言うなら住宅街である。
それでも「閑静」という言葉とは程遠くて、商店街であったり飲み屋街であったり、そんな「雑多」な街並みも多い。傾向的には駅の南口が飲み屋街、北口は住宅街、といった感じだ。アメリカで言うところのWestsideとEastsideみたいなものだ。この街の東海岸と西海岸は綺麗に西武池袋線の線路で分断されている。
だいぶ日も短くなってきた。不思議なもので、夏至は全く夏本番とは言えない時期にやってくる。一年で一番昼が長い日は、今年は6月21日だったそうだ。まだ梅雨明けを待っているくらいの頃合いだ。8月の嫌になるほど早く上る朝日だって、もう秋に向かって全速力で駆け抜けているのだ。それでも冬至は毎年12月22日ごろだそうで、もういい加減に寒くなって、南の方でも雪がちらつくことだってあるだろう。一年で一番夜が長い日に向かって、また今度は秋を駆け抜けているところだ。
5時にお店を閉めて、様々な片付けをして店を出るとき、まだ暗かった。
お店を閉めて、それじゃあお酒を飲みに行きましょうかね、となる。そうしてだいたい近場のカラオケスナックのようなお店に行く。(本当はカツ丼屋さんなんだけど、最近よくわからない。)そうしてそこで店長とカラオケをしたり酒を飲んだりして、お店を出るのは最終的に7時だ。
そうして話は最初に戻る。
夜の街には、酔っ払いしかいない。多かれ少なかれ、みんな酔っている。店を閉めて、お酒を飲む。そうして7時ごろにそのお店を出ると、今度は街にはOLや女子高生がひしめいていて(もちろん男だっているんだろうけど脳が情報をシャットアウトしている)びっくりする。この街にこんなにシラフの人がいるだなんて!と思う。
でもたぶんだけど、僕らの方が置いていかれてるんだろうな。
僕は酔っ払うと顔に出るタイプで、大して言動は変わらないのだが顔が真っ赤になる。だから、恥ずかしくて暗いところでしか飲めない。
そういうわけで、酔って朝のこの街を歩いていると、たまにOLの人たちや女子高生から心底見下したような目で見られる。でも仕方ないじゃない。まさか朝が来るだなんて思っていなかったんだから。
この場合、邪魔したのはどっちなんだろう。その人の朝に、僕の夜が踏み込んだのか。それとも、僕の夜に、その人の朝が踏み込んだのか。
「黄昏時」というものがある。夕方の少し薄暗くなってきたくらいの時間のことだ。「誰ぞ彼」と問わないと、向かいにいる人が誰かわからないからだ。
朝はその逆で、「彼は誰時」と言う。かわたれとき、と読む。ちょうど、お店を移ってお酒を飲んでいる時のような時間だ。もうその時間にお酒を飲んでいる人はだいたい真剣に酔っ払っているから、いくら明るいお店でも「あの人は誰?」とマスターに聞かなきゃわからないだろう。確かに「彼は誰時」と言えなくもない。
こんな言葉を聞いた。中島らもさんの「僕に踏まれた町と僕が踏まれた町」より
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ただこうして生きてきてみると
わかるのだが、
めったにはない、
何十年に一回くらいしか
ないかもしれないが、
「生きていてよかった」
と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、
その思いだけがあれば、
あとはゴミクズみたいな
日々であっても生きていける。
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ただこうして生きてきてみると
わかるのだが、
めったにはない、
何十年に一回くらいしか
ないかもしれないが、
「生きていてよかった」
と思う夜がある。
一度でもそういうことがあれば、
その思いだけがあれば、
あとはゴミクズみたいな
日々であっても生きていける。
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僕は、そんな夜を探して生きていきたい。一生朝まで酔って歌っていたい。そんな夜を探しながら、そう思いながら、毎日僕は彼は誰時を迎える。朝の人たちの邪魔をしないように、道の端っこを歩きながら、すごすごと家に帰る。
文章を書くことは、現実逃避の一つだと思う。僕は今、もちろん酔っている。そうして散らかった部屋で山積みの洗濯物と仲良く暮らしながら、この文章を書いている。誰かお願いだから部屋の掃除を手伝ってくれ!
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